2013年09月02日

抹消したい日本語「その可能性も否定出来ない」


福島第一原子力発電所の事故以来、「その可能性も否定出来ない」という日本語が当たり前のように使われるようになりました。

原子炉の中はのぞいて見ることができないから、「メルトダウン(炉心溶融)の可能性も否定出来ない」とか言っちゃって。たぶん、あと50年たっても原子炉本体の中身を観察することなんかできないから「これでいいのだ!」なのかな?

早い話「その可能性も否定出来ない」といえば、そうかもしれないけど、そうでないかもしれないので、その結果が明確にわかるまで責任回避できるという都合のいい表現として作り出されたのでしょう。

ほんとうは、こう言うべきでしょう。

「原子炉の中に入るわけにはいかないので見てきたわけではありませんが、間違いなく炉心溶融していると思います」

最近の汚染水漏れにしても、いまだに「その可能性も否定出来ない」と言い続けています。タンクかパイプにヒビか亀裂があるから漏れているわけで「可能性も否定出来ない」じゃないのよ!

政治家やお役所言葉というのは、とにかく断言、断定しない、ようするに責任持たない、何もしないという表現の日本語をどんどん作り上げています。

「善処する」「検討する」→結局なにもしないけど、なんか言わなきゃいけないので言うための言葉。

「遺憾」→残念である、と言えば反省しているように見えるが、全然反省なんかしていないよの意。

「憂慮」→ふ〜ん!そんなことがあったんだ困ったことだけど、うちには全然関係ないことだからの意。

こういう日本語は抹消しましょうよ!

「です」「ます」「はい」「いいえ」肯定か否定かはっきり言って、するのかしないのかはっきり断言するのだ!




posted by bonjin at 01:55| Comment(2) | TrackBack(0) | 政治・経済・社会
この記事へのコメント
公的立場の人だからこそ肯定、否定をハッキリ明確にすべきでは無いと一向に事故の解決どころか進展しない。原発事故で特に政府も東電もしどろもどろさを否めませんね。善処、検討、遺憾、憂慮どれも含みを持たせ霧の向こうにウヤムヤとした具体性にも欠ける単語と思われます。
Posted by 自分もそう思う、那須塩原市の松じー at 2014年10月06日 13:24
霧の向こうにウヤムヤにすべきことを敢えて色んな日本語で誤魔化している東電役員と政府関係筋と安部総理達。誰かが言わなくてはならない。原発事故の痕をコンクリートで密閉する事。周囲には動物も人間も住むことは叶わない事です。現実は現実として。誰かが虎の尾を踏まなければならない。オリンピックを誘致して首都圏だけをアベノミクスなんて空景気で馬鹿騒ぎして喜んでいる場合じゃ無い。トオキョウ都下の
土建屋と不動産屋が舞いアッガテいるだけ。今回の台風18号で汚染水は海に流失してないか。安部よ被災地の現場を目の当たりにせよ。事故は会議室では発生して居ない現場で起こって居る事を忘れるな。
Posted by もひとつ那須塩原市の松じー at 2014年10月07日 03:22
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