2015年03月30日

徳川のおばちゃん


「徳川のおばちゃん」といわれても「?」だろうと思いますが、札幌「すすきの」歴の長い方ならピンと来ると思います。

あのマンモスキャバレー「エンペラー」で約20年ナンバーワンの地位にいた伝説のホステスさんです。

僕の歳で「おばちゃん」といったら失礼かと思いますが、たぶん僕より10年前後年上かと思います。

なぜ、いまさらこんな時期に「徳川のおばちゃん」なのかというと、ずっと昨年旅をしていて留守中に届いた郵便物の中に「さろん・ど徳川」閉店のご挨拶という葉書を見つけたからです。

「さろん・ど徳川」というのは「徳川のおばちゃん」がエンペラー閉店後に独立して開店したお店で、僕が「徳川のおばちゃん」と初めてお会いしたのもこのお店です。

昨年(2014年)9月30日をもってお店を閉店しました。理由は「徳川のおばちゃん」の健康上の理由だそうです。どうかこれからも、元気でいていただきたいと思います。

僕はエンペラー時代の「徳川のおばちゃん」の伝説は直接は知りません。月間の指名が400本だったとか、毎年書く年賀状、暑中見舞いが何千枚だったこととか・・・

「さろん・ど徳川」へ何回か行っただけで、夜の街好きな方には「徳川のおばちゃん」の凄さがすぐにわかると思います。

昨年の閉店のお知らせの直前の夏にも暑中見舞いが僕のところにも届いていました。僕が最後に「さろん・ど徳川」へ行ったのがたぶん5年くらい前です。たぶんエンペラー時代のお客さんで「さろん・ど徳川」へ一度も行ったことのないお客さんへも、年賀状と暑中見舞いは欠かさなかったのだと思います。その数おそらく1万通を超えているのではと思います。

僕の体験した伝説その1

2度目にお店へ行った時だと思います。僕がお店のドアを開けると、「徳川のおばちゃん」は一番奥のボックスで入り口に背を向けて接客していました。その背中越しに「凡人ちゃん、いらっしゃい〜!○○ちゃんカウンターにご案内して!」そうです、振り返らなくても声と空気感だけでお客さんが誰だかわかるんです。

僕の体験した伝説その2

同伴の飲み屋の女の子といっしょにお勉強のためお店に行きました。お店を出てその女の子と同伴義務を終えて、その翌日、女の子から電話がありました。「凡人さんが帰ったあとに、はじめてのお客さんに指名されたさ!」「徳川ママが送り込んできたお客さんみたい」

そうなんです、同業者を敵にまわすのではなく、全部味方につけてしまうのです。見返りとかじゃなく、みんな幸せになればいいという発想なんです。だからお客さんも同業者も徳川ママのファンになるのでした。

僕の体験した伝説その3

「凡人ちゃん!1000件以上アドレス帳に登録できる携帯ってないの?」「困ってのよね、あまり連絡しない人を使わなくなった携帯の方に移してるんだけどさ」

当時の携帯は確かにアドレス帳1000件制限の携帯が多かったですよね、その後件数無制限(メモリの許す限り)のスマートフォンにしたのかな〜?



posted by bonjin at 17:53| Comment(2) | TrackBack(0) | 北海道
この記事へのコメント
サロン・ド徳川知りませんでした。言って行ってみたかったなあ。伝説のオバ様ですね。凡人さんの後ろ姿を見ただけでそれは凄いですね。うーん行って、お会いしてみたかったなあ。その凡人さんの3つのエピソードは凄過ぎです。
Posted by 那須塩原の松じー at 2015年04月02日 20:01
あのマンモスキャバレーで20年もナンバー1なんて稀有な事ですよ。頭の良い女性って居るもんですね。過当競争の薄野で。20年間も。松じーも行きたかったなあ、残念でなりません。
Posted by 那須塩原の松じー at 2015年04月06日 23:31
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