2013年08月14日

富士山自転車で登頂しました(標高差3776m完登)


僕の記憶が確かならば、たぶん中学3年生の夏、昭和48年(1973年)8月だと思います。

その頃は、自転車少年でした。標高差1000mくらいの峠道は平気で登って、元気いっぱいでした。

静岡県、富士山のふもとの富士宮市に親戚が住んでいたので、両方の家族そろって富士山登山をすることになりました。

自動車で新五合目まで行って、富士山に登るだけじゃ、ちっともおもしろくないので、全行程、自転車で登頂するのにチャレンジしました。

とりあえず証拠写真、当時は富士山頂の証は木でした。これ抜いて木を抱いて撮影した写真もたぶん実家のアルバムには残っているんじゃないかな。
富士山登頂2.jpg

早朝、自動車組よりは、ずいぶん早く自転車で出発、標高約2400mの新五合目まで一気に登ります。もちろん全部自転車こいで登りました。自動車組よりずいぶん早く到着してしまいました。

新五合目で、下りでは必要のない自転車の変速機のレバーとか、キャリアとかをはずして少しですが軽量化して、いざ山頂へ。登山道は、自転車を押すか、かついで登るかどちらかです。途中の山小屋でほとんど、話しかけられました。自転車もって富士山登った奴は見たことないって。バイクのカブ押して登った人はいるそうです。

九合目までは順調でしたが、9合五勺の山小屋の手前で事件はおこりました。なんと自転車という金属のかたまりをもった僕の、5メートルほど先の岩に雷が落ちたのです。先に小屋に着いていた、家族と親戚一同は、上から僕の名前を大声で叫んでいました。

落雷した岩の付近から閃光とともに煙が出たのを今も、はっきりと覚えています。

あとにも、先にも、人生はじめて、腰を抜かした状態でしばらく立ち上がれませんでしたが、上からはみんなが、「早く登ってこないと危ない!」と叫んでいるので、なんとか山小屋にたどりつきました。

当初は、そのまま日帰り登山の予定でしたが、オヤジも高山病らしき症状で、9合五勺の山小屋に1泊して、翌日山頂を目指すこととなりました。

翌朝、症状の良くならないオヤジを山小屋に置いて、山頂を目指します。残りわずかなので、あっという間に鳥居くぐって山頂に到着。さらに最高峰の剣が峰を目指します。当時はまだ富士山測候所も稼働してたんですね。剣が峰に到着、そこで撮影した写真が上の写真です。

富士山の火口を一周する、お鉢巡りもして、下山開始です。僕は途中で、みんなと分かれて、ルートを須走、宝永山経由で下山します。砂の上ですが、自転車に乗ったまま下ることができます。楽チンです。途中、上の山小屋に荷揚げするブルトーザーとすれ違いました。あっという間に宝永山の火口を経由して、新五合目に到着です。ここでもみんなを待ちました。

さあ、下りです。標高差2000m以上を下るのは初めてです、ブレーキが焼き付かないように気をつけないとだめです。スピードはカーブ以外は、時速50〜70キロ、自動車より速いです。親戚の家に到着すると、ほとんどブレーキのゴムはなくなっていました。

少し一服しましたが、あとひと仕事残ってます。これから、駿河湾に面する富士市の海岸まで行って、自転車を海水につけて戻ってくれば、これで順番は前後しますが、純粋に3776mの標高差を自転車とともに完登したことになります。

別に、標高2400mまで自転車こいで上りきった僕にとって、ほんの20キロ少し自転車で走る事なんて、朝飯前っていうか晩飯前の軽い準備運動みたいなもので、小1時間で任務完了。

最近登山ブームで、思うんだけどさぁ〜!エベレスト登頂にしたって、結局標高5000mくらいから登るわけでしょ。だったらもっと上まで飛行機かヘリコプターで上がって登頂しても同じ事だと思うんだ。ロープウェイで山頂近くまで登って登頂するのと変わらないと思うのよ。悔しかったら、インド洋から歩いてエベレストの山頂まで登ってみろよ!あっ!別に途中までは自転車でもいいけどね。

登ったことのあるものだけが偉そうに言えることだって、わかって書いてます。



posted by bonjin at 22:11| Comment(3) | TrackBack(0) | スポーツ

僕の自動車遍歴


現在の愛車、ダイハツ ミラバン TX Special です。

こっちに詳しく書いてます。→最強のエコカー ミラバン

免許を取ったとき最初に家にあった車

日産サニーバン

昭和51年(1976年)のお話です。

B210型サニーです。B110の直線的なデザインから局面デザインに変わって、クーペは後ろのカマボコを切ったようなデザインから「カマボコサニー」と呼ばれていました。

別に商売で使うわけじゃないのに、何故にバンか?これはうちのオヤジの先進性に後になって感心しました。我が家のサニーバン、バンなのに5ナンバーなんです。後席を固定(ボルトを溶接)して改造申請して乗用車登録したわけです。

日産が参考にしたわけじゃないかと思いますが、次のモデルで、ステーションワゴン仕様の「サニーカリフィルニア」が発売されました。

エンジンはA12型といって、OHVなんですが、果てしなく8000回転くらいまでまわる当時としたら驚異的性能のエンジンでした。

日産パルサー3ドア

大学生の時、初めての愛車です。グレードは一番上の1400TS-Eだったと思うんです。うちのサニーのA12エンジンを1400cc化してさらに電子制御燃料噴射装置(日産は当時EGIって呼んでました、トヨタはEFIでした)のついたパワーアップ版のエンジンです。

日産パルサー480.jpg
若き日の僕です!

日産にとっては先代のチェリーにつぐ唯一のFF(前輪駆動)車です。いまとなってはFF車が当たり前ですが、当時のFF車、しかも国産車というのは発展途上でカーブでアクセル離して、前輪にエンジンブレーキがかかると、いとも簡単にスピンするようなサスペンションセッティングだったのでした。

これが雪道ならばわかるのですが、山道とかのカーブで濡れた路面でも、スケートリンクの上を滑って行くかのようにハンドル効かなくなります。タイヤのグリップを回復させるにはアクセル踏むしかないのです。

これ恐いっすよ、なにせ車が滑っている時に反射的に踏むのはブレーキでしょ、この初めての愛車パルサーのおかげでFF車の運転テクニックを覚えました。

雪道のカーブは、ハンドルで曲がるんじゃなく、アクセルで曲がれ!です。雪道じゃなくても基本は同じです。十分減速してカーブに入ったらアクセルを踏む!車が外に行きたがったら、アクセルをゆるめる、車が内に行きたがったらアクセルを踏む!です。

社会人2年目まで6年くらい乗りました。

スバル レオーネセダン4WD

半年も乗っていません。

中古で購入しました。値段も年式もあまり覚えてないんですが、たぶん80万円くらいだったと思います。パルサーを下取りに出して差引支払い50万くらいだったと思います。

スキーに行くには最強の車です
レオーネ4WD841230.jpg

冬の1シーズンしか乗っていません。当時は北海道はスパイクタイヤOKだったので、ほぼ競技用のスパイクタイヤをはいていました。発進は凍った路面でもほとんどスリップなしで全力加速できるくらいでした。追い越しするときにワダチがあっても夏道同様反対車線にでていとも簡単に追い越す事ができました。冬道番長な車でした。

雪が溶けてると、軽やかな走りのスポーツタイプの車が欲しくなるのが常で次ぎに買った車が

ホンダ クイントインテグラGSi

これも半年も乗っていません。

写真を探してみましたが見つかりませんので、Wikipediaの写真へリンクします。

僕の乗った代々の車の中で一番速い車です。冬になる前に勤務していた会社を退職する事になり、冬タイヤを買うお金がなかったので、泣く泣く手放しました。(こんな理由で手放すかって?当時は若かったんです)

どのくらい速いかっていうと、山道を2速全開で走ると、同乗者が気絶するくらいです。

以後は走ればよろしいファミリーカーを乗り継ぐ事になりました。

ホンダ シビック5ドア

インテグラを手放して買った、2代目シビック。なんの特徴もないファミリーカーです。なにせ40万くらいで買った年式の古い車なもんで、いろいろありました。

後ろのハッチをしめると、その衝撃でリアガラスが粉々に砕け散りました。

真冬に窓全開のときにパワーウィンドウのスイッチが折れて、部品が来るまで窓にラップを貼って走ってました。

マツダ ファミリア3ドア1300

平成になってから、新車で購入しました。1300ccの一番安いグレードです。コミコミ100万くらいだったと思います。失敗したのは4速だったことです。もう5万もプラスすれば5速の1500ccのグレードが買えたのにね。たぶん1500ccのほうがエンジンのトルクに余裕があって燃費もよくなったのにねって思います。

平成7年(1995年)手放しました。以後4年間、久しぶりの自動車なしの生活を過ごしました。

その後は、バイクを2台乗り継ぎましたが、バイクの話はまた別に書こうと思います。

ダイハツ ミラ パルコ

久しく車なし生活をしていました。我が家は分譲マンションに住んでいて、駐車場が入居戸数分ないので、いったん車を手放して駐車場をあけると、次に車を買いたいと思っても順番待ちになります。1999年春に突然駐車場が空きました。速攻でバイクでお世話になっているところで車を探してもらいました。条件は「軽自動車、マニュアル、4WDじゃなくてよい」

そして久々の愛車となるのが平成2年登録のミラパルコ、コミコミ20万円でした。

ミラ パルコ.jpg

手放す時に撮影した写真です。もうサビでぼろぼろです。買い替えの理由が、屋根がサビで穴があいて室内に雨漏りがするようになったからです。それさえなければ、動かなくなるまで乗り続けるつもりでした。

結局人生最長の10年乗りました。南は九州佐賀県まで走りました。日本海の海岸沿いも、山口県萩から新潟県まで走りました。

年収1000万を超えた景気のいい頃に、飲み屋のお姉ちゃんを助手席に乗せると、決まって「どうしてこんなボロボロの軽自動車に乗ってるの?」って聞かれました。

だって全然この車に不満はないんだもんね。僕の貧しくて生活苦しかった時も、景気のいい絶頂期もすべて、この車とともに過ごしたので、一番愛着があった車です。

ダイハツ ミラカスタムX

北海道最南端白神岬の日の出とミラカスタムX
ミラカスタム.jpg

景気いい絶頂期に購入しました。フル装備、なんでも経費で落としちゃえということで、3年リース契約でした。なぜにオートマ(CVTですが)になったかといいますと、最初は、ミラかムーブかエッセの一番安いマニュアル車にしようと思ってダイハツへ行ったんです。ダイハツの軽自動車でマニュアル車の設定があるのは、この3車種の一番下のグレードとコペンだけでした。

景気いいし、飲み屋のお姉ちゃんに押しがきくのはコペンなんですけど、2人乗りで荷物も積めないとなると車持つ意味ないということで、候補は3車種に。ところが、マニュアル車はリセールバリュー(リースアップした後の市場価値)がないため、リース対象車種にならないということで仕方なくCVTの車種に。

リースならば月々どうせ経費で落とせるし、月々数千円の違いなんてということで、あれよあれよというまに、総額150万円に。手放すとき思ったんだけどさ、オーディオのCDやMDなんて一度も使わなかったし、リアシートのスライドとか分割で倒せるのも結局2年間後ろの席に1度も人を乗せた記憶がないので、まったく意味なかったしね。

CVTというのは、アクセル一定でも、勝手にエンジンの回転が上がったり下がったり、乗っててドライバーの意思に関係なく車を走らせているのでまことに、運転していて気分が悪うございました。

それとABSは、マニュアル車でシフトダウンしてエンジンブレーキで減速して最後にブレーキちょんとかけて止まるのが身体に染み付いているマニュアルシフト派にとっては、冬は危ないなんてもんじゃない。正直、運転者の意思に関係なく全然車が止まってくれません。

ということで2年も運転するとストレスがたまって、現在の愛車、コミコミ729,000円のミラ バンに買い替えました。

詳しくは、最強のエコカー ミラバン


posted by bonjin at 19:24| Comment(0) | TrackBack(0) | ライフスタイル

最強のエコカー ミラバン


現在の愛車、ダイハツ ミラバン TX Special 2011年7月登録 新車購入 コミコミ729,000円

mira_van.jpg

気に入ってます、いさぎよいくらい何もついていないシンプルな車です。翌月から、 TX Special のグレードは廃止されて、現在はTXグレードしか買えません。したがって絶版車です。TXグレードには、僕にとってはよけいな装備の「キーレスエントリー」と「パワードアロック」がついています。

その前の車は、同じく、ダイハツ ミラ カスタムX、フル装備、価格はコミコミでミラバンの2倍以上。ガリバーに売っぱらって買い替えたので下取り無しでの購入です。

10/15モード走行燃費のカタログ値は、ミラカスタム25.5km/L、ミラバン24.5km/Lですが、ミラバンはマニュアル5速、車重がミラカスタム820kgからミラバン710kgと100kg以上軽くなってます。

北海道の長距離ドライブですと、ミラカスタムは最高25km/Lくらい、ミラバンは、10/15モードを大きく上回る30km/Lくらい走ります。ガソリンタンクは、36Lなので、満タン1000キロ走ります。とはいってもガス欠にはなりたくないので900キロ超えると給油します。

給油時に燃費計算して「なんだよ今回は、25km/Lくらいしか走ってないのかよ」ってつぶやく。まあ市内走行も含まれているので仕方ないか。

実際そんなエコランしての燃費ではないです。北海道は郊外に出ると、車の流れが、ほぼ法定速度プラスですから、一般道でも、高速道路並みです。これが流れを無視して、法定速度でエコランしたら35km/Lくらいいくんじゃないかなと思います。

走るために無駄な贅肉を削ぎ落した車(実際はビジネスユースのため無駄なコストをかけない)なので、手足のように自由自在にあやつれます。

前のミラカスタムはABS標準装備のため、雪道では止まらないでヒヤヒヤしたものですが、ミラバンはミラカスタムのほぼ半分の距離で止まれます。

唯一の余計な装備、セーフティークラッチシステムとでもいうのかな、クラッチをフロアの奥深くまで踏み込まなければエンジンをかけることができない装置なんですが、2年目の車検で、クラッチ調整してもらって、ストレスなくエンジンを始動出来るようになりました。

今の時代あえて、マニュアル車を購入する人にとっては不要な装備だと思うんですよ。

「オートマ慣れした人が、ギア入ったまま、クラッチ踏まないでエンジンをかけてアクセル踏んで車が発進してしまうのを防止する装置のコストも車両価格に含まれています。」ということです。



posted by bonjin at 19:20| Comment(0) | TrackBack(0) | ライフスタイル

おじさんの札幌限定ジョーク


青山テルマがデビューした頃の話

曲は頭のなかで鳴り響いても、なかなか歌っている歌手の名前は思い出せない。

「ほら、なっていったけ?札幌テルメみたいな感じの名前の女の人」

ここで「テルメ」→「テルマ」って普通は連想進まないよね

「札幌テルメ」は、いまは「ガトーキングダム サッポロ」にその名をかえて営業中です。



posted by bonjin at 18:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 北海道

「面白い恋人」はだめでも「黒い恋人」はいいのかよ


吉本の「面白い恋人」は裁判までしたけど

「黒い恋人」はいいのかよ〜!

Amazonでも楽天でも売っています。検索一発で出てくると思いますので、興味のある方はどうぞ!



posted by bonjin at 18:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 北海道

エコカー補助金と家電エコポイント


こういう平等でないというか、不公平な政策はなんとかしてほしいと思います。

利益を得るたのは、自動車メーカーと家電メーカー、そんでテレビがたくさん売れた家電量販店。テレビについては、その後の反動で家電メーカーは大赤字、家電量販店も売上の大幅ダウン。

ちょっと得したのは、テレビも自動車もその時、買い替えた人たちだけ。

僕は、最初のエコカー補助金のとき、新車を買って3月登録だったので補助金受け取ることができませんでした。4月中旬の登録だと補助金もらえたのに、ギリギリまで日程はわかりませんでした。

2回目のエコカー補助金のときも、1か月前に新車を買い替えたばかりでした。そんなのおまえのタイミングが悪いだけの事じゃんていわれても仕方ないかしれませんが、なんかこういうのって根にもっちゃいます。

家電エコポイントの時も、すでに液晶テレビ買ってました、そんな2台もテレビいらないし。

住宅減税とかにしても、一生に何度も家建てたり、マンション買ったりしないですよね、そのタイミングで購入を考えていた人だけに恩恵が受けられるわけでして、なんか不公平感がわいてきます。

家電エコポイントは、何万円単位くらいですが、エコカー補助金は十万単位、住宅減税は場合によっては百万単位の給付になります。

これ自分の納めた税金が、別に貧しくもなんともない人に還元される、まして財源ないわけで、タイミングよかった人にバラまくために国債を発行して将来の子供達が背負わなければならない借金をふやしてしますって、なんだかな〜!?



posted by bonjin at 18:13| Comment(1) | TrackBack(0) | 政治・経済・社会

10月8日なのに赤トンボがまだ飛んでいる


2012年の北海道の夏は暑かった。10月に入っても半袖TシャツでOKなくらいでした。

我が家の庭に来たトンボです。

20120914.JPG

秋らしい季節はほとんどなく、いきなり冬になってしまいました。

半袖から2週間くらいで、いきなりストーブつけました。

トンボも、さぞかし悩んでいたのかな?

今年は、どうなるのでしょう?



posted by bonjin at 17:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 北海道

Amazonをギャフンと言わせるには


僕も、Amazon使っています、確かに便利です。札幌に住んでいても、これは売ってないだろうっていうのが検索一発で見つかるわけで、それが2〜3日後には配達されます。凄い便利な世の中になったものだと思います。

Amazonは、500円のものでも送料無料で配達してくれるのには、ありがたいことなんですが、クロネコヤマトや佐川急便やゆうパックは、いったいいくら送料もらっているのだろうかと心配になってきます。

でもね、都会に住んでいて、そこらのスーパーで買えるものまで、Amazonで注文するのはね、よくわからんのですよ。水とか、清涼飲料水2リットル12本とか、もうこれは宅配便の人にとってはお仕置き以外のなにものでもないんですよ。でそういうの注文する人に限って不在が多くて、毎日トラックに積み込んで下ろしちゃうの繰り返しなわけです。

沖縄のケラマ諸島や、与那国島とか行ったことあるんですが、もうネット通販がなかったら、都会と同じような生活は出来ないことは、何度か島に行って、島に住んでいる人から聞きました。与那国島のゲストハウスなんて、ネット通販の宅配便がほぼ毎日のように配達されるっていってました。

離島は送料無料じゃありません。離島特別料金払っても島じゃ手に入らないし、沖縄本島や、与那国島だと石垣島まで買い物に行かなきゃいけませんから注文するんです。

Amazonにしてみれば、売上の大半は都会に住んでいる人なわけで、その売上でビジネスが成り立っています。ネット通販がなければ、都会と同じものが手に入らない、離島や過疎地の売上なんて微々たるものでしょう。

でもね、ネット通販て、配達してくれる、ヤマト運輸や佐川急便、日本郵便がなくちゃ成り立たないわけですよ。現在日本全国くまなく配達できるのは、この3社しかありません。(佐川急便は沖縄は宅配便やってませんが)

運送業ってのは、日本の物流の根幹を握っている重要な産業だというのに、何故に荷主から、運賃安くしろって値切り倒されなくちゃいけないんだろうって思います。

仮に、ヤマト運輸や佐川急便、日本郵便が結託して、Amazonに「おまえのところの荷物なんて運んでやらねえよ!」っていうと、当然、商品を届けることができなくなるから、適正運賃に値上げできるんだと思うんです。

Amazonだと送料無料で、自分で宅配便とか送ると1個2000円とか平気でするじゃないですか。扱う個数が違うといっても違いすぎるんですよね。

この違いはなんなんだ〜?

っていいながらAmazonの広告貼ってますが・・・・



posted by bonjin at 17:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治・経済・社会

刺身、寿司ネタ、魚を斜めに切ると美味しくない


みなさんは、切ってないお刺身のサクを買ってきたら、どういうふうに切りますか?

おそらく家庭では、直角にまっすぐ切りますよね!

寿司屋や、料理店では、斜めに切ります。なぜかって、切り身が大きく見えるからです。

斜めに切ると繊維の部分の面積も大きくなって、口に入れた時の歯触りとかも含めて、美味しくない切り方だと思うんですよ。

特にマグロとかのような大きな魚の場合は食べると繊維の部分が口に残りますよね。

あとサケの切り身とかでも斜めに切って売っているでしょ!これも同じ一切れの重さだと大きく見えるからなんですよね。

まあ、もともと小さい、アジとかイワシとかは、斜めに切らないと、直角に切ると小さくて、さすがに食べた気がしないので正解だと思います。



posted by bonjin at 16:48| Comment(0) | TrackBack(0) | ライフスタイル

献血って凄いことだと思う


16歳の時から献血をしている。社会に少しでも、お役に立ちたいなんて大げさな気持ちがあるわけじゃなく、「そろそろ血抜かなきゃ!」にたいな気分になると献血に行ってます。

成分献血が始まった頃から成分献血もしています。昔は、成分献血すると、通常の200ml献血の3回分にカウントされたので、すぐに通算50回献血に達してしまって、大きな木で出来た表彰状みたいな感謝の記念品が贈られてきてびっくりしました。最近はそういう大げさなのやめたみたいです。

最近は、歯磨きなくなったら、献血行って歯磨きをもらうという、なんともプアーな理由が献血の動機付けになっています。

健康管理としても、献血っていうのは、いいことだと思います。献血できるってことは健康な血液なわけです。あと献血後に送られてくる血液検査は、400ml献血や成分献血だと、健康診断以上の項目を検査してくれます。検査項目がすべて標準値におさまっていたら、まず健康なわけです。

それにしても、日本国内の血液の需要を献血でまかなっているのは、驚くべき事実だと思います。献血する人、それぞれが、そんなに崇高なボランティアな気持ちをもってやってるわけじゃないと思うんだけどね。

みなさん、僕みたいに、献血が習慣化すると、そろそろ献血しなくっちゃ!って思って行くんでしょうね。動機付けが、たたでジュースが飲めるとか、僕みたいに、歯磨きなくなったら行くでも、どうでもいいわけです。

そんな人が日本にたくさんいるわけで、それで、血液の需要が満たされているって、やっぱり、献血って凄いことだと思います。

これでね、輸血受けちゃうと、もう献血が出来なくなります。


posted by bonjin at 16:34| Comment(0) | TrackBack(0) | ライフスタイル

iPod touch(第4世代と第5世代)


1980年代後半、MS-DOS Ver2.1の頃からMicrosoftにお布施をし続けていました。何度かMacへと思いましたが、高くて買えません。初代iMacが出た頃から手頃なお値段になってきましたね。

いきなりMacを買うのもな〜と思って、2011年10月、iPod touch(第4世代)を購入しました。とりあえず、16,8000円で林檎教の世界をのぞいてみようかというくらいの気持ちでした。

RAM256MBは、Safariでタブをたくさん開くと、すぐ落ちたりするのは、ご愛嬌ですが、パソコンの前に向かう時間が圧倒的に減りました。ニュースや、YouTubeならば、ねっころがっても、どこでも場所に制約されずに見ることができます。

メール、スケジュール、メモもiCloudでバックアップされているので、1か月後に、Mac Book Air 11インチを買ってしまいました。

ふと思いついて書き留めたメモや、外で写した写真とかが、Macを開くと、そこにあるというのは便利というか、不思議です。

2012年10月iPod touch(第5世代)は、発表とともにアップルストアでネット予約。ネット限定の赤です。発売日に手にしました。

第4世代にくらべて、使って行く上でのストレスは全然感じません。カメラもほぼ実用レベルに進化して、デジカメをわざわざ持ち出す機会も減りました。

僕は「なんちゃってiPhone5」って呼んでます。iPhoneに行けないのは、維持費の高いというのもあるのですが、なんといってもiPod Touchの薄さです。これ味わうと「iPhone」もつと、いや〜ごついわ、重いわ〜と感じる訳です。

自力で通信出来ないのが唯一の欠点、モバイルルーターをいっしょに持ち歩けば、トータルでは「iPhone」の方が身軽なわけですが、モバイルルーターは手に持つわけではないので、やっぱりiPod touchが好きです。

「奥さん!32ギガで、お値段24,800円、その後は一切お金はいただきません!いかがでしょうか?」

2013年5月31日、円高の影響か29,800円に値上げされました。



posted by bonjin at 16:03| Comment(0) | TrackBack(0) | テクノロジー